コメディアンが、血液検査ベンチャーの創業者として巨額詐欺の有罪判決を受けた女性の自宅に引っ越して、カメラを回す——文章にすると冗談のようですが、実際に作られた映画があります。ネイサン・フィールダー新作ドキュメンタリー『You Can See Everything』です。予告編が公開された瞬間から海外のSNSが大騒ぎになり、映画祭では悲鳴と笑いが同時に起きたと伝えられています。

「噂が先行しているだけでは?」と疑っている人ほど、背景を知ってから観ると刺さるタイプの作品です。ここでは、日本の観客が前提知識ゼロでも楽しめるように、人物関係から鑑賞のコツまで整理します。

ネイサン・フィールダー新作ドキュメンタリーの何が異例なのか

ネイサン・フィールダーは、現実と演技の境目をわざと溶かす作風で知られるコメディアン兼演出家です。素人や一般企業を巻き込んで「本当っぽい嘘」を組み立てる手法は、日本でいえばドッキリ番組と社会実験と私小説を混ぜたような独特さがあります。

そのフィールダーが被写体に選んだのが、血液検査スタートアップ「セラノス」の創業者として知られるエリザベス・ホームズ。数滴の血液であらゆる検査ができると喧伝し、巨額の資金を集めながら技術が実在しなかったとして詐欺罪で有罪となった人物です。

異例なのは撮影のタイミングと距離感です。収監までのわずかな期間に、少人数のスタッフとともに本人の自宅へ入り込み、しかも監督自身がその家に住み込んで撮っている。「取材対象と近づきすぎではないか」という批判が当然出るわけですが、作品はその批判そのものを素材として取り込んでいきます。

すでに語り尽くされたはずの題材を、どう更新したか

セラノス事件はこれまでにもノンフィクション書籍、調査報道系ドキュメンタリー、ポッドキャスト、ドラマ化と、あらゆる形で語られてきました。日本でも書籍や配信ドラマで内容を知っている人は少なくないはずです。

それでもこの作品が新しいのは、「事件の真相」を追っていないから。焦点は「この人は嘘をついているのか」ではなく、「私たちはどうやって、何を真実だと決めているのか」に移っています。本人は終始、誠実であろうとしている、隠すことはないと語る。その言葉を信じるかどうかは、カメラの前の監督にも、スクリーンを見ている側にも委ねられます。

画面の狭さが効いてくる

映像は4:3、つまり昔のブラウン管テレビに近い正方形に近い比率で撮られています。横に広がらない分、視線は顔の細部に集中します。会話する二人を複数台のカメラで同時に押さえているため、話し手の表情だけでなく、聞き手のまばたきや口元のこわばりまで逃さない。観客は逃げ場のない距離で、相手の目をのぞき込むことになります。

後半、いきなりルールが変わる

3時間近い上映時間の折り返し地点で、被写体は収監されます。当然ながら撮影はできなくなる。そこから作品は再現シーンへと舵を切ります。

再現映像自体はドキュメンタリーの常套手段ですが、ここでの使い方が厄介です。再現の元になるのは記録映像ではなく、監督自身の記憶だけ。台本を読み返しながら「自分の覚えていることは正確なのか」と揺らぎ、演者からは「被写体に情が移っているのでは」と突きつけられる。検証される側に、作り手自身が回り込む構造になっています。

観る前に心づもりしておきたいこと

  • 上映時間が長く、笑いどころと居心地の悪さが交互に来る。体力のある時間帯に観るのが無難
  • 直接的な描写や過激な発言が含まれると報じられており、万人向けの娯楽作ではない
  • 事前にセラノス事件の概要だけでも押さえておくと、人物の言動の意味が段違いに分かる
  • 日本での劇場公開や配信は、配給・時期を公式発表で確認を

この作品が最終的に投げかけるのは、ドキュメンタリーやニュース報道は本当に中立でいられるのか、という問いです。どこで画面を切り取り、どの瞬間を「意味がある」と判断して編集するか——その選択が時点ですでに誰かの主観です。そう考えると、普段見ている情報番組やSNSの切り抜きの見え方も少し変わってきます。

予習と鑑賞環境を整えておくと満足度が上がる

表情の微細な変化や、間の取り方そのものが情報になる作品なので、小さな画面で流し見するのはもったいないタイプです。音も、BGMよりは呼吸や衣擦れといった生活音が効いてきます。配信で観るなら、音の解像度を上げておくだけで印象がかなり変わります。

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よくある質問

セラノス事件を知らなくても楽しめますか?

楽しめますが、関係者の名前や経緯を軽くでも知っていると、会話の裏にある含みが読み取りやすくなります。書籍や既存のドキュメンタリーで概要をさらってから観るのがおすすめです。

日本で観る方法はありますか?

配給元や公開時期は作品ごとに異なるため、公式サイトや配信サービスの新着情報をチェックしてください。海外先行公開の作品は、国内配信まで時間差が出ることがあります。

家族みんなで観られる内容ですか?

刺激の強い描写や発言が含まれると報じられており、子どもと一緒に観る作品ではありません。年齢制限の表示を必ず確認してください。

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参考: Does You Can See Everything live up to the hype?(Mashable)の内容をもとに、日本の読者向けに独自に構成しています。

Photo by Luis Quintero on Pexels